おひとりさま専用カフェ、喫茶ドードーの店主「そろり」が贈る料理と言葉に、各話の主人公が少しだけ前を向いて歩き出す全五話の連作短編集です。
惹かれたのは各話のタイトル。「自己肯定力をあげるやかんコーヒー」や「心が雨の日のサンドイッチ」「自分をいたわる焼きマシュマロ」など。もちろん、各話のタイトルとなる料理がそのままの料理名で作中に登場します。もうこの料理名だけで食いしん坊な私は「どんな料理なのだろう?」「自己肯定力が底辺な私も飲んでみたいわ」と思いながら手にしました。
■公式紹介文
住宅地の奥にひっそりと佇む、おひとりさま専用カフェ「喫茶ドードー」。
この喫茶店には、がんばっている毎日からちょっとばかり逃げ込みたくなったお客さんが、ふらりと訪れる。
SNSで発信される〈ていねいな暮らし〉に振り回されたり、仕事をひとりで抱え込んだりして、疲れたからだと強ばった心を、店主そろりの料理が優しくほぐします。
■書籍情報
出版社: 双葉文庫
著者:標野凪
定価:693
発売日:2022年05月12日
判型:文庫判
ページ数:238
ISBN:9784575525700
■感想
舞台はとある街。駅前の登坂をのぼりきり、一つ目の交差点を曲がった先にある「喫茶ドードー」。周囲は住宅街なのに、その場所だけはまるで森の中のように鬱蒼とした木々に囲まれています。そんな場所で、夕方からオープンする「おひとりさま専用カフェ」。実際に私の住む街にあったら、絶対に通ってしまうだろうなと思います。
冒頭や要所要所で入る、柔らかな語り。喫茶店に住み着いた妖精さんかしら?と思いながら読み進めていましたが、最後に素敵なネタばらしもあり、思わずふふっと笑ってしまうと思います。ぜひ最後までお読みくださいね。
どの話の主人公も、その抱える悩みに私自身も身に覚えがあり共感しつつ読み進められました。
SNSで流れてくるキラキラした「ていねいなくらし」に憧れてみたり、一生懸命に仕事で走り続け気づいたら立ち止まり方やゆっくり歩く方法がわからなくなってしまったり。自分の夢や本当にやりたいことがわからなくなって、ふと途方に暮れてしまったり。今を生きる人であれば、特に女性であれば一度は感じ、悩んだことがあるかと思います。
悩みに気づいたら、そっとこの本を取り出してコーヒーでも入れて、のんびりするのが良いかと。まだまだ気軽に外には出にくい世の中で、「喫茶ドードー」のようにおひとりさま専用カフェなんてものも多くはありません。自宅の窓辺で、日光浴でもしながら気軽に読める一冊です。
ただ、これはあくまで私の問題なのですが……。
私はてっきり普通の喫茶店のお話かと思って読み始めましたが、作中でもコロナ禍に悩まされる人々の姿が描かれます。
仕事の仕方が変わる。人とのコミュニケーションが疎遠になる。時間ができた分、SNSの情報に惑わされる……。
そういった日常の中のニュースから離れたくて、のんびり暖かな料理の話を読みたくて私は購入したので、まさにそれを題材とした作品であったことだけはちょっと予想外でした。「今だからこそ」の題材ではありますし、先日読んだ『ただいま、お酒は出せません!』とは異なる立場・切り口での話でお話自体はとても楽しめました。
でも、読書ってニュースとか世間の喧噪から離れたくて読むことがあるじゃないですか。暗いニュースや話題ばかりで現実逃避したい時。まさに今回は、連日聞く「コロナ禍」という言葉から逃げたくて手にした本だったので「ここにもコロナ禍が……」と。
これは本当に、単純に私が本作を読んだタイミングの問題です。
そして、それを加味しても美味しい料理の出てくる本が読みたいときや、ちょっと疲れてしまって前向きになりたいときに楽しめる小説になっていますので、おすすめの一冊です。